【みんなで協力して雪かき】1月23日

昨日からの雪で関東も大雪に。今朝はいつの間にか自治会の皆さんが外に出て、協働で雪かき。自分の家の前は当然ですが、みんなが使う共有生活道路を。雪国と違って、除雪車は来てくれませんので、自分たちで片づけなければなりません。皆さんの協力に感謝です(^^♪

石橋山 清掃用具倉庫の床が抜けましたが・・町内の力で直りました!

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千葉市から委託を受けて、毎月、班ごとに交代で清掃活動をしている石橋山市民の森ですが、その入り口にある自治会で設置した清掃用具を保管する倉庫の傷みが激しく、ついに床が抜けてしまいました。業者に依頼するか・・・と考えていたところ、10班の班長さんが同じ10班の方に依頼し、快く引き受けていただいたとのこと。
そして先週、ご覧のように蘇りました。「材料費や手間賃を」と申し入れたところ、遠慮して辞退されましたが、「せめて材料費だけでも」と、少しだけ志として自治会よりお支払いしました。
町内のことを町内で解決する。住人一人一人が、その人でなければできないことが必ずあります。力を合わせ、住みよく、楽しい町づくりをしていきましょう。
また、このようなことだけでなく、掃除や町内旅行など、積極的に参加していただき、みなさんで仲良くすることが、防犯や防災・さまざまな暮らしの問題を解決する基本になります。どうぞ、みなさん、よろしくお願いします。
倉庫の修繕について、ありがとうございました。

身近な自然・・・石橋山

ふと気づけば、もう5月です。
我が自治会の自慢は、石橋山市民の森です。元地主の石橋さんから千葉市に寄付され、千葉市から仁戸名自治会が委託されて毎月交代で清掃をしています。(年に1回くらい、班ごとに当番が回って来ていますよね)
5・6班の有志の皆さんが、入口の花壇を整備してくれています。
昨年は立ち枯れ病の松の木が危険なため立ち入り禁止になっていましたが、この3月にようやく行政によって伐採されました。
この連休に新緑の市民の森を散策してみました。
気持ちの良い晴天の下、まるでどこかの高級避暑地に居るかの様でした(^_-)-☆
いが

地区連協主催 福島県浪江町視察・研修旅行 11月8日

地区連協・防災会(現在35町内会で構成)主催の視察・研修旅行があり、仁戸名自治会から2名が参加してきました。浪江町で活動する「NPO法人jin」の方々によるサポートにより特別に実現したものです。千葉から日帰りという強行軍でしたが、震災から3年8か月経った今の被災地の現状を目の当たりにし、普段テレビで見るものと違う、真の意味での惨状を見た思いでした。
浪江町は地震と津波が直撃し、さらに福島第1原発の放射線被害に晒されるという3重苦に見舞われ、今なお町のほぼ全体が帰宅困難区域になっています。
倒壊を免れた住宅や店舗、ガソリンスタンド、郵便局、結婚式場・・・などはどこも人の気配も生活の色もなく、イノシシなどの野生動物が人のいない家屋に我が物顔で入り込み、荒らしまわるという状況だということでした。
また一部の制限解除地域も、子どもは帰宅不可という制約のため、結局は大人も帰ることができないという状況のようです。
そこにあった当たり前の日常生活が、それまで営々として築かれてきた歴史とともに、かけがえのない多くの命とともに、ある日突然時計を止めてしまい、3年以上たっても形だけはそこに存在するという、おおよそ被災者の方々以外は想像もできないような現実。
NPO法人jin代表の川村さんの一言が心に焼き付いています。
『震災直後は日本中の皆さんの物資やお金の支援がありました。そして今、避難者には政府の支援があります。何もしなくても暮らしていけるのですが、それがかえって自立を阻んでしまっている現実があるのです』
・・復興、復興と叫ばれますが、私たちは、いったい何をしたらいいのでしょうか。
私は震災以降、ずっと考えていることがあります。必要なのは「同情」ではなく「共感」ではないだろうかと。
・・被災者は弱者ではない。同情でなく、尊敬・敬意を持つこと。尊い命を賭して教えてくれたことを風化させず心に刻み、今の自分の日常を真面目に、一生懸命に生き、正しい日本の未来を形作ること、これが今の我々ができることではないでしょうか。
・・NPO法人jinの川村さんたちは、『以前のように住むことが無理なのであれば、せめて昼間だけでも帰ってきて、仕事ができるようにしたい』と考え、野菜やトルコギキョウの栽培、天蚕などの活動をしています。  <文責 五十嵐>

秋、が来たようです。ミントの香りが・・・

甚大な被害をもたらした豪雨が幕を下ろしたような夏でした。気が付けばトンボが群れ飛び、秋の気配が漂います。
8月30日(土)、都川の水の里で耕作している田んぼの稲刈り(9月7日)に備えて、畔の草刈をしました。
エンジン駆動の刈払機で刈るのですが、膝上あたりまで生い茂った草の中には「ミント」も生えていて、それを刈り取ると一瞬でさわやかなミントの香りが辺り一面に広がります。かなりの重労働なのですが、この一瞬で疲れも吹き飛ぶ思いでした(^^♪
一句「ミント刈り 黄金の畔で 一休み」

「つぼやき」 いが

空き瓶は・・・
 中身が入る前は、容器。
 中身が入れば、商品。
 中身が無くなれば、ごみ?
 でも、また瓶に生まれ変わるのであれば原材料、花を活ければ花瓶。
お菓子の空き袋だって、果物の皮だって、魚の骨だって、動物のウンチだって、
蝉の遺骸だって同じだ。
ごみとは、実体のないもの。
ごみとは、定義の無いもの。
自分にとって不必要で、邪魔なものはごみ。
たとえそれが、別の人にとって必要でも、地球にとって有害でも・・
ごみとは、それぞれの心が決めるもの。
自分の心のごみ箱が溢れていないだろうか・・
自分にとっていらないもの、ではなく、誰にとって必要か、を考える人でありたい。
人間であるために・・
今日もバスの優先席は若い人が占領している。
その傍らで、お婆さんが手すりにつかまって立っていても。
そして、その様子を横目で盗みながら、何も行動しない私も、ここにいる。
自分の心のごみ箱が溢れていないだろうか・・
明日は、バスの中で皆さんにお願いしてみようかな。
心のごみ箱を、ひっくり返してみようかな。
自分であるために・・
いが

行動する勇気を褒める~通勤バスでの小さな出来事~

2013年8月28日(水)の朝の通勤バスでのことです。
・・私はいつもの通り「ゴミ拾い・挨拶活動」の日課を済ませ、7時35分頃、星久喜台のバス停から千葉駅行きのバスに乗りました。停車したバスはかなり混雑 していて、部活動の試合に向かうらしい松中生徒が多数立っていました。私が「おはよう」というと、口々に「おはようございます」と気持ちの良い、はっきりとした挨拶が返ってきました。私は、一番後ろの座席に詰めればまだ座る余地があったので、立っている生徒達に声をかけながら後ろに移動し、既に座っている方々に声をかけて詰めてもらって着席しました。あらためて生徒達の恰好を見ると、どうやら卓球部のようです。その時点で、私の目の前には入口に比べて人が立てる空間がかなりありました。やがて次のバス停に停まり、新しく数人が乗り込んできました。すると、生徒の集団の最後部(私に一番近い)に立っていた一人の男子生徒が、入口の混雑を察したのでしょう、後部に向かって移動したのです。その生徒はしばらく自分から離れてしまった格好になった仲間を見ていましたが(他の仲間も移動して欲しいと考えていたと思います)、仲間たちも他の乗客も誰もそれには追従しませんでした。私は下がったが為に仲間との距離が開いてしまったその男子生徒を見ていましたが、仲間のところに戻ることもせず、一人で堪えているようにも見えました。私は、自分のとった行動に対して自信が揺らいでいるであろう彼に一言声をかけてやりたい衝動に駆られ、少し座席から身を乗り出してその子に声をかけました。卓球部 であること、電車で試合に行くこと、他の部活動の活躍のこと、etc・・など、やり取りしました。最後に私は「あなたがバスの混雑状況を見て、後ろに下がったところをを見ていました。誰もついてこなかったけれど、一人でも行動したあなたは素晴らしいですよ。 今日は熱中症に気を付けて、ガンバッテね」と声をかけました。
・・行動する人、行動したいが他の様子を見る人、何とも思わない人。それぞれの集合に分かれてしまうのは仕方がないことです。しかし、それぞれの集合の良し悪しを唱えるのではなく、一人でも正しいと思ったことを行動するその勇気を大切にしたい、と強く感じた出来事でした。
・・保護者や学校教育の賜物だと思います。皆様に感謝致します。

つぶやき「塩花」=しよばな=

地域の風習とこころ・・・新島「塩花」しよばな
新島村の出川長芳村長のお手紙を地元の居酒屋「かみやかた」で拝見しました。その中に「塩花(しよばな)」という新島村の風習が出てきます。
家族などの愛する人との別れ、漁や航海の安全、自然の恵みへの感謝・・・愛する人が船で発った後、涙の乾かぬうちに波打ち際に出て、寄せた波が引いた直後、まだ水泡が残るうちにその砂を握ってそのまま外気に晒さずに家に持ち帰り、神棚や「かみやかた」(台所)のかまどなどに祀る、これを「塩花」しよばな、と呼んできたそうです。
小さな島での暮らし。男は家督を継ぐ長男を残し、女は長男の嫁になるものを残し、ほとんどが島を出るという。そんな子どもを抱える親たちは、まだ十代の我が子が船に乗って出てゆくその日を、どんな気持ちで見送ったのでしょうか。まずは、乗り込んだ船が無事に目的地に着きますように。今夜から食事をちゃんと食べ、ちゃんと屋根の下で寝床に入って眠れますように。早く学校や職場に慣れますように。病気をせず、事故や事件にあわず、元気に暮らせますように。たまには元気な顔を見せてくれますように・・・子を想う親心とは、どこにあってもそうではないでしょうか。そんな我が子の乗った船が水平線の彼方に見えなくなるまで見送り、涙をぬぐう間もなく、波打ち際で寄せた波の返り際に泡ごと砂を掴んで大事に持ち帰り、「塩花」として神棚に祀り、手を合わせて祈る。
また、日々の暮らしにあっては、台所のかまどに「塩花」を祀り、今日の食に感謝し、海や山、自然の恵みに感謝し、豊漁を祈り、漁に出た男衆の無事を祈る。
自然の恵みに感謝しながら寄り添って島に暮らす人々と、かけがえのない素朴な愛情。私はこの手紙を何度も読み返し、胸が熱くなるのを抑えられませんでした。
◎短歌<膝と尻 破れたGパン 流行る世に ほころびを縫う 母思い出し>
◎短歌<寒かろう 毛布一枚母に足す 気付けば我に 戻るぬくもり>
五十嵐

つぶやき「市役所などは休日も窓口を開けてほしい」

6/23都川にて

6/23都川にて

行政の夜間・休日サービス
以前から不思議に思っていたことがあります。住民票や印鑑証明、転出・転入届け、納税証明・・・これらの受領や届け出をしようと考えた時、さて、いつ休暇がとれるかな・・・と考えなければなりません。実際に平日に市役所や区役所、出張所の窓口に行ってみると数分~長くても30分もあれば片付くことが多く、仕事を半日、1日休む程の事ではありません。しかし休日にこれらの窓口は開いていないのです。何故土曜・日曜の行政サービス窓口はお休みなのでしょうか?年中無休の市役所コールセンターがありますが、これはあくまでも問い合わせに対する情報窓口であって、窓口業務を行うものではありません。
なにも、地方公務員のみなさんに休むな、と言いたいわけではありません。民間で当たり前にやっているようにローテーションを組み、休日出勤した場合は代休を取ればよいのです。夜間のサービスについても出勤時間のシフトなどで対応できると考えます。たった一人の部署ならいざ知らず、民間のような仕組みが行政で運営できないとは思えません。
総ての業務での対応が難しければ、優先順位をつけても良いでしょう。
これらの一対策として、またサービスの拡充とコストダウンの為に同時並行で考えなければならないのが、ITの効率的な活用です。一部の電子申請などが始まっていますが、サービスメニューとしてはまだまだ足りません。セキュリティを十分に確保したうえで、電子化できるサービスはどんどん導入して、サービスレベルアップ&省力化&コスト削減を図るべきでしょう。
これらに係る費用の捻出が難しければ、県や国レベルに働きかけて、業務フローの共通化を図り、統合的なシステム構築を考えるべきでしょう。市町村合併はその為にも推進されている筈です。地方自治体に固有の業務もあるでしょうが、基本部分はそれほど異なるとは思えません。
考え方の根幹に置かなければならないのは「行政窓口業務」はあくまでも「サービス」であり、住人の為に便宜を図らなければならない、ということでしょう。民間の競争を横目で睨んでいないで、積極的に学び、競争の渦中に飛び込むような勇気も必要なのです。
五十嵐